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平家物語「竹生島詣で」

 木曾義仲が、東山(とうざん)、北陸両道を討ち従え都へ攻め上がるといううわさが立ったので平家側ではまず、木曾冠者義仲を追討し、その後で頼朝を討とうというので、北陸道へ討ってを差し向けた。大将軍には小松三位中将維盛をはじめ6人がたち、総勢十万余騎で寿永2年4月17日午前8時に都を出発した。

 大将軍維盛はどんどん先へ進むが、別将軍の経正、知度、清房などはまだ近江の国、塩津、貝津のあたりにとどまっていた。中にも経正は、詩歌管弦に長じていたのでこういう戦乱の中にあっても邪念を去り、湖の畔に出て遙か沖の島を見渡し、共に連れていた藤兵衛有教を呼び、「あれは何という島か」ときいた。

「あれこそ有名な竹生島でございます」
「なるほど、あれがそうか。これから参詣しよう」

 と、有教以下侍5,6人を連れて小舟に乗り、竹生島に渡った。

 ちょうど4月18日のことであったから、新緑の梢にまだ春の名残が残っているかと思われ、谷間の鶯の声は老いていたが、初音ゆかしいホトトギスがあちこちで初夏の訪れを鳴き示している。実にあわれ深い眺めなので急いで船から下り、この島の風景を眺めると心も言葉も及ばぬ程であった。

 蓬莱洞とか天女の住む金輪際の水晶輪の山というのはこの島のことかと思い、経正は竹生島大明神の前にひざまづいた。

 心静かに供養しているうちにようやく日が落ち、十八夜(いまち)の月が差し上がって湖上も月光に照り渡り、社殿もいよいよ輝きすばらしい眺めになった。島の僧達に勧められるままに経正は琵琶をとって弾き始めた。

 琵琶の名手の経正が上弦、石上の秘曲を奏でると社のうちは楽の音に澄み渡り、明神も感に堪えなかったのか経正の袖の上に白い竜が姿を現した。経正はあまりのかたじけなさに琵琶をしたに置き、

 と詠んだ。この分ならば怨敵をまのあたりに平らげ、凶徒をすぐにも攻め落とすことは疑いなしと喜び勇んで又船に乗り、竹生島をたっていった。

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