2001年6月14日更新


下関市が倒産した会社に債務整理の為だけに

補助金を交付したことの違法性を問う、

            日韓高速船の住民訴訟


      「日韓高速船」住民訴訟に注目を


2001年6月11日 弁護団・原告団が記者会見
 原告側は上告をせずとの声明を発表するとともに、保証6社と金融機関3社と亀田元市長は、連帯して3億4100万円を下関市に返還せよとの民事調停提起方針を発表しました。 

弁護団声明←クリック


5月29日 広島高裁判決
 亀田 博元下関市長に3億4100万円の返還命令
住民(原告)の実質的勝利判決

破綻した第3セクター「日韓高速船」への補助金支出は違法であると、高裁でも断じました。
 一部について公益性があったとして認められませんでしたが、公益性ないところへの税金の垂れ流しを厳しく断罪しており、住民側の主張を全面的に支持しています。
 違法な公金を受け取り、連帯保証人の責任を逃れた企業の道義的責任はまぬがれません。

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判決後、記者会見に臨む原告と弁護団


広 島 高 裁 2 部 、 2001年 2月27日 結審
判決は5月頃か
 この度、宮崎県の第三セクターの「シーガイア」が会社更生の申立をし、倒産しました。新聞等でも、この日韓高速船の一審判決が、税金投入に大きな枷になっていると論じられています。その意味で、国民の財産となっている本件の一審判決を是非とも守り抜きたいと考え、弁護団は、亀田氏側の準備書面に対して全面的な反論を加えました。なお、補助参加人である江島潔下関市長は、準備書面も何も用意せず、第3者のような態度に終始しました。2月27日午後の弁論期日で双方のまとめの主張を準備書面で主張し、これをもって高裁での審理は終わりました。判決は、追って指定ということになりましたが、5月の連休明けころには判決の言い渡しがあるのではないかと考えられます。国的にも注目されている判決ですが、どちらが勝つにしても最高裁判所の判断を得ることになるでしょう。
住民側の高裁最終準備書面←クリック



98年6月

住民側全面勝利の地裁判決

             現在、広島高裁で審理中

地裁判決要旨←クリック

 

 


「日韓高速船」住民訴訟とは

日韓高速船株式会社の設立から破綻まで

 下関市は、かってアジア大陸との玄関口であった。特に朝鮮半島とは、釜山港まで228キロメートルであり、戦前まで下関市は交通の要衝として大きな地位を占めていた。しかし、九州への鉄道トンネル、国道トンネルや橋が完成する度に、地位は後退していった。
 そうした中でも韓国・釜山市とは、昭和45年に国際フェリーが就航するなど、韓国貿易は今でも大きなウエイトを占めている。
 しかし、航空便の発達や福岡市・博多港の急伸もあり、「国際港・下関」は昔日の夢という市民も多い。博多に負けるな!博多は高速船を釜山に走らせるぞ!…
昭和62年 関釜高速船就航可能性調査 下関市港湾局
・所要時間3時間10分程度、運賃は関釜フェリーよりは割高であるが航空機より割安であり、需要に十分対応できる
平成元年 下関市議会
「関釜高速船就航実現に関する決議」を全会一致で採択
平成元年 下関市と民間3社で「関釜高速船調査委員会」を設立。
三菱総合研究所に実現可能性調査を委託
平成元年 三菱総研
高速船は充分な採算性が見込まれ、近い将来、優良事業に発展すると報告。
平成2年 社団法人「下関21世紀協会」
下関市に高速船の早期就航を求める56,168名の署名を提出。「21世紀協会は」下関青年会議所のメンバーなどによってつくられ、下関市も出資し、職員を派遣している。
平成2年 下関市
事業を第三セクターで行うことを発表。同年11月、「日韓高速船株式会社」発足。主な参加企業、商船三井、関西汽船、サンデンなど
平成3年 7月31日、第一便就航。
あんな小さな船で日本海をわたることは出来ない!と指摘する市民も多かったが、そのとおり、気象条件で欠航が相次ぎ就航率が月間50 %を割ることもあった。このため客から敬遠され、いつもガラガラの状況で走った。ジェットエンジンで駆動する高速船は、見る間に赤字を蓄積した。
平成3年秋 下関市
日韓高速船への公的融資制度を緊急に創設し、8億円を日韓高速船が借りる。また、増資も行われた。
平成4年 下関市
財政調整基金(市の貯金・市民の税金のあまりの積立)を取り崩し、10億円を日韓高速船へ直貸
平成4年 12月運休を決定。


市民の怒りは何処にあるか
 手形の連帯保証人まではずして下関市が負担
 破産した会社がなぜ先のリース代まで

 支払い不能に陥ったら会社は破産が資本主義の常識です。第三セクター設立時の日本共産党の議会質問に対して当時の市長は「そういう事態になれば商法にのっとり整理する。」旨、答弁しています。

ところがところが

 下関市は会社を整理せずに次のようなことをおこないました。
1.高速船は関西汽船からのリース。平成6年3月まで契約があり、また、戻すときには元の形に改修しなければならない。ということで、4億6500万円を日韓高速船に補助金として支払い。日韓高速船から関西汽船に。
2.日韓高速船が参加企業に一部を連帯保証人として金融機関から借用した3億8000万円を。協力してくれた企業に迷惑はかけられないからと、これまた下関市が日韓高速船へ補助金を支出。日韓高速船が銀行に支払い。
3.そうすると、残る日韓高速船の負債は下関市が言うなれば連帯保証人となっている公的融資の8億円と市から直貸しした10億円。
4.平成8年4月。こうして日韓高速船は破産申請。債権者は下関市だけ。
結局27億円の負債を下関市が全額負担

連帯保証人は借り主と同格。借りて本人が支払い不能になったら連帯保証人が責任を負うのが当然ではないかなどなど、轟々たる市民の怒りが起きています。


住民訴訟の焦点は

 原告市民が問題にしているのは、日韓高速船株式会社の設立やその事業のずさんさではありません。また、この事業に公益性があったとしても、その公益性を有する営業を休止し、今後も営業継続の可能性の全くなくなった事業に対して、負債整理の補助金を交付したということです。地方自治法では公益上必要がある場合、補助金の支出を認めています。公益とは広く世人を益することです。しかし、この補助金支出によって、市民の利益は何も得られていません。
 下関市では本件補助金を交付しなければ債権者を犠牲にすることになるといっていますが、日韓高速船へ参加した企業は下関市から強制されたのでしょうか。そんなことは決してありません。自己の損益計算のもとに参画したはずです。そうしたもとでの会社経営の失敗はいくらでもあるはずです。第三セクターゆえに失敗したらツケは税金でというのは許されない話ではないてだしょうか。

山口地裁裁判までの経緯

1994年7月5日 傭船料 4億6500万円分 提訴
1994年8月8日 借入金 3億8000万円分 提訴
1994年9月6日 第一回口頭弁論
1995年12月5日 補助金交付時の下関市助役(兼・日韓高速船社長)内田氏の証人尋問
1996年2月27日 同
1996年5月14日 同
1996年7月2日 同
1996年10月8日 元市長泉田氏の証人尋問
1996年11月26日 同
1997年1月31日 日韓高速船株式会社の破産記録いっさいの提出申し出
1998年6月    山口地裁で原告の主張通り前市長に8億4500万円の支払いを命じる判決がでる


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