民事調停申立書

当事者  別紙当事者目録記載のとおり

                     申立人代理人

弁護士  田 川 章 次

弁護士  下 田   泰

弁護士  秋 山 正 行

弁護士  清 水 弘 彦

弁護士  白 石 資 朗

  損害賠償請求調停事件

  申立の趣旨

 申立人らは、

 平成一一年九月二九日午後四時二五分ころ、相手方上部康明が下関駅において惹起した、いわゆる通り魔殺人事件に関し、

一、相手方らは、申立人らに対し、誠意をもって謝罪せよ

二、相手方らは、申立人らが受けた損害について、損害賠償として相当の金額を支払え

との調停を求める。

  紛争の実情

一、相手方上部康明(以下「康明」という)は、平成一一年九月二九日午後四時二五分ころ、下関駅にレンタカーで突っ込み七人をはね、さらに下車してホームなどで文化包丁で通行人に切りつけた。

 相手方上部和正(以下「父親」という)は康明の父親であり、相手方上部敬子(以下「母親」という)は康明の母親である(以下、父・母の総称として「両親」という)。

二、相手方康明の右行為によって申立人らが被った損害については、申立人らの

心理として個人名を特定して具体的に主張することが望ましくない場合もあり、かつまた、調停申立段階においては必ずしも個人名を特定して具体的に主張必要もないと考える。よって、詳細は、調停の中において明らかにしていきたい。

  但し、申立人らが被った被害は、治療費、逸失利益、入通院慰謝料、後遺症慰謝料、精神的苦痛(特に、いわゆるPTSD)についての慰謝料を合計しただけでも、損害額は金一億円を優に超える。さらに、二次被害として、「上部容疑者のお父さんは自殺して、生命保険金で賠償したようだ」とか「上部容疑者の両親は家、土地をすべて売って賠償にあてたそうだ」等の根も葉もない噂が広がり、そのため周囲の人間から「賠償金を沢山もらったんだって」「容疑者のお父さんが自殺して賠償したんだって」等と言われることが続き、これを否定しても信用してもらえなかったという体験もある。これも、相手方康明の右行為と因果関係のある損害である。

三、もとより、申立人らとしても、相手方らが申立人らの損害をすべて金銭的に償うことができると考えているわけではない。

 ただ、相手方康明、及びその両親の態度にあまりに誠意が欠けている。葬式の日に詫びに来なかったこと、相手方康明の第一回公判が近づいてから慌ただしく申立人らの家を訪れて無理に金(三万円程度)を置いていこうとしたこと(申立人らのうちの一人は、これを帰すためわざわざ両親の家まで行ったにもかかわらず会えずに門前払いを受けている)等、申立人らにとっては許し難い行動である。

 なお、相手方らは、賠償金として相手方康明の弁護人である於保睦弁護士に金一〇〇〇万円を預けているということであるが、被害者の数から考えて、金一〇〇〇万円では一人あたりの賠償金としてはあまりに少額にすぎ、これをもって相手方らの誠意と考えることは、到底、できない。

 従って、申立人らは相手方らに対し、損害賠償として相当の金員の支払を求めることとした。右事情であるから、現時点では、調停を求める事項の価額を算定することはできない。

四、相手方らの責任

1、相手方康明の責任は論を待たない。そこで、両親の法的責任について、特に詳細に述べる。

2、下関駅事件公判を傍聴した結果から、左の事情が明らかとなっている。

(一)相手方康明は、昭和六三年ころより神経症で治療を受けており、「自分の人生がうまくいかないのは、両親の育て方に責任がある」等と言っていた。

また、両親に対して「小さいときは両親から押さえつけられていた」といった感情を抱いていた。

(二)相手方康明は、平成一一年四月ころから同年九月二八日までの間、人格障害ということで診断を受けており、周囲が思い通りにならないとイライラしていた。

(三)平成一一年九月二七日の被告人と両親との会話

 相手方康明は、運送業(国内貨物)を営んでいたところ、同月の台風のために車がすべていたんでしまったため、運送業をやめたいということで、両親に相談をした。このとき、父親は「軽四でやれ。」と相手方康明を説得した。ところが、この「軽四」というのは、通常の車両の三分の一程度しか荷物を積むことができない車両であった。

 そのため、「国内貨物を続けるのであれば車の修理代を出して欲しい。」と相手方康明が要求したのに、父はこれを断り、相手方康明は「今まで金を出してくれたことがないじゃないか。」と食いつく一面もあったようである。

 その上、相手方康明は、国内貨物をやめて職安で職探しをしようと考えていたのに、父親が国内貨物に電話を入れて、相手方康明が国内貨物をやめられないような状況に追い込んだ。また、犯行当日である九月二九日朝、父親が相手方康明の仕事場に「冠水した車の廃車手続きは自分でするように」と電話をかけ、相手方康明は、これによって絶望感を深めて本件犯行を具体的に決意したのであって、本件犯行決意に対する父親の寄与度は大きい。

(四)相手方康明は、右の結果自暴自棄となり、「人類は皆敵」等と考えるに至り、前記犯行に及んだ。

3、第一に、申立人らは、相手方康明が精神異常であるとは考えていない。相手方康明は、池袋通り魔事件を見て「刃物だけでは多くの人を殺せない」と考えて、レンタカーを借りて人を轢くとともに刃物で切りつけるという犯行を考えているのであって、決して精神異常者の衝動的な犯行ではない。緻密に計算された残虐な犯行なのである。

 従って、本件の第一次的な責任は、当然、相手方康明にある。

 しかしながら、本件の犯行に対する相手方康明両親の寄与度も否定することはできない。

 すなわち、昭和六三年ころより神経症で治療を受けていたこと、平成一一年にはイライラしやすく人格障害との診断まで受けていた相手方康明について、両親は、同人が台風で車が全壊し運送業を続けられないという逆境にあるときに、同人を労ることなく、国内貨物で働き続けるよう、同人を無理に説得し、同人を精神的に追いつめていった。両親が相手方康明を精神的に追いつめたからこそ、相手方康明は本件犯行を決意したのであり、本件犯行にあたっての両親の寄与度は大きい。

 従って、本件について、相手方康明の両親も、その寄与度に応じた適切な責任(民法七〇九条、七一九条)を負うべきである。

4、第二に、申立人らは決して認めないが、相手方康明は精神障害による刑の減軽を求める見込みである。

 ところで、仮に相手方康明が刑の減軽が認められるほどの精神障害者であったとするならば、両親はその扶養義務者であり、精神衛生法上の保護義務者にあたる(精神衛生法第二〇条第一項)。そして、両親の保護義務者としての地位は、相手方康明の精神に障害をきたしたときから生ずる。

 保護義務者は、「精神障害者に治療を受けさせるとともに、精神障害者が自身を傷つけ又は他人に害を及ぼさないように監督・・・しなければならない」義務を負う。

 保護義務者の賠償責任について、民法七一三条は心神喪失者の責任能力について規定するとともに、これをうけて民法七一四条は、「監督スヘキ法定ノ義務アル者」(監督義務者)の賠償責任を規定しており、一般に、精神衛生法上の保護義務者は民法七一四条の監督義務者に含まれると解されている。

5、前述してきたとおり、両親は相手方康明に対する監督責任を果たしていな

かったことは明白であり、むしろ両親が相手方康明を本件の如き凶悪犯罪に追い込んだとすら評価できる。

6、以上のとおりであって、相手方康明の精神状態いかんに関わらず(精神状

態に応じて責任の範囲には幅があるとしても)、両親に賠償責任が認められることは明らかである。

五、本調停申立に至った経緯

1、前述のとおり、申立人らを含む被害者は、事件自体によって受けた被害、相手方らの不誠実、二次被害に苦しんできたため、被害者同士の意見交換の場を設け、被害回復及び被害者の地位の向上を目的として、平成一二年二月一日、「下関駅事件被害者の会」が結成された。

  一方、相手方らは前述のとおり、於保睦弁護士に、金一〇〇〇万円を預け、これをもって申立人らに対する賠償にあてようと考えているようであるが、金一〇〇〇万円では賠償額として不十分であることは明白である。しかしながら、相手方らは、これ以上の金員を提示することを考えていない。

2、従って、申立人らとしては、訴訟提起をすることも検討した。

 しかし、他方、第一に、本来は加害者及びその両親が誠心誠意謝罪することが和解交渉の第一歩となるべきところ、訴訟ではそのような場を設けることが困難であること、第二に、訴訟の場合には個々の被害者を特定して被害額を明示することが必須となるところ、被害者の精神状況(事故からの精神的ショックからの立ち直り具合、第二次被害による精神的ショック)に鑑みると未だ個々の被害者を特定して被害額を明示するには相当の犠牲を要求されることになる反面、そうまでして特定したところで被害額全額の賠償を得られることは考えられないため、かかる精神的苦痛を強いてまで現時点で訴訟提起をする必然性がないこと、を主要な理由として、民事調停を申し立てるに及んだものである。

 裁判所としても、調停委員の選定、調停委員会の運営にあたって、右事情を十分配慮されたい。

以  上

    平成一二年四月  日

下関簡易裁判所 御中

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